AD2004.9.9エジプト

「王水があれば溶かせるんじゃがのぉ」
 …何故俺は今、こんな薄暗い遺跡の中で薬品の調合なんてしてるのだろうか。この場所は確かヘラクレイオン神殿とか言ったか。なんでも海底に沈んだと言う伝説の都市…らしい。手早く調合した王水を、目の前の扉にかけられている黄金の鎖にゆっくりとかけていけば、金属が溶ける際に発生する鼻につく匂いと共にその姿を消した。
「それじゃ進もうか」
 促されるままに扉を押し開ければ、そこに広がるのは広大な広間。中央の祭壇らしき場所に収められている宝箱を開けば、中から碑文らしきものが出てきた。どうやらこれが《秘宝》というものらしい。
 秘宝を手に取ればカチリ、という何かのスイッチが入ったような音。辺りを多う濃厚な闇の気配に否が応でも嫌な予感は募っていく。
 手元のH・A・N・Tと呼ばれる端末から、マイクロ波を検出……と言った機械的な女の人の声が聞こえてくる。外れて欲しいと願う予想に限って、当たるものだ。盛大なため息を一つつき、使い慣れないライフルの弾薬を補充する。前方にそびえ立つ壁の向こう側から迫り来る振動音。
 未だ見ぬ相手に緊張を高めながら、銃のセーフティーを外した。

 本当…なんで俺こんな事やってるんだろ。

 

 カイロ市内数時間前
「おい、そっちに行ったぞ!」
「追えッ見失うなッ!!」
 どこの国も物騒なものだ…と思考を巡らせながら、乾いた空気を吸い込んだ。
 中国の竹林も良かったが、このエジプトの乾いた空気もなかなか良い。広大な砂漠にピラミッド。何処か人が入り込めない神秘的な雰囲気を醸し出すこの国が結構好きだった。
「っと…」
 思考に耽っていたら、すれ違いざま人とぶつかってしまった。一瞬スリか?とも思ったが、財布は無事のようだから違うらしい。
 咄嗟の事だったから良くは分からないが、どうも日本人だったような気がする。それも俺より年下の。何か一言謝罪の言葉を述べても良いような気がするんだが、最近の子はマナーというものを知らないんだな。と道の真ん中に突っ立っていた己の事を棚に上げ、俺は先程の子が落としたと思われる機械を手に取った。
「モバイル?」
 壊れていない事を確かめる為に、機械を作動させる。
「…葉佩……九龍?」
 何かの入力途中だったのか、画面に名前が表示されている。カーソルが点滅したままな事から判断すると、どうやらまだ確定はしていないらしい。こんな中途半端な状態で落とすなんて、危ない奴だなぁ…。他の誰かに悪用されたらどうするつもりだったんだろうか?
 とりあえず彼の名前と思われるものを、決定して入力しておく。これで彼以外の名義に書き換えられる心配は無くなったという訳だ。後は警察に届けておけば、万事解決。
「俺って親切だなぁ」
 一人で納得していたら、突然腕を引っ張られた。
「おい…こっちじゃ。お前さんが《ロゼッタ協会》から派遣されてきた《宝探し屋》じゃな?」
「はぁ?」
 いきなり人の手を掴んで、トレジャーハンターだな?とは一体なんだ?宝探し屋なんて漫画の中に出てきそうな人間になった覚えはない。
「失礼ですが人違いですよ」
「ほう…さすがじゃな。いかなる時でも素性を明かさないのがプロというものじゃ。流石ロゼッタ協会が派遣してきただけの事はある」
 人の話聞けよ。
 俺の言葉を真っ向から否定しにかかった挙げ句、先程拾った機械を指さしそのH・A・N・Tがなによりの証拠だ、と自分の意見を押し通してくる。
 機械は拾ったものだと訂正してやっても、一向に信じようとしない。…この頑固爺め…。
 そうこうしている内に遺跡の中に連れ込まれてしまった。
「お前さんも運がいい。あそこで儂に出会ってなければ、あの軍隊のような連中に捕まっていたぞ?」
 アンタに会わなければ俺は機械を警察に届けて観光の続きが出来たんだよ。
「日本に留学している儂の息子よりは……」
 黙って聞いていると息子の話になってしまった。いつの世も老人というものは子供の自慢話ばかりしたがる。
「………何よりも」
 急に話が止まったので、サラーと名乗った老人の方に向き直れば、真剣な表情で俺の顔を覗き込んでくるサラーと目が合った。
「何よりも、いい瞳をしておる。まるで、運命さえも惹き寄せそうな澄んだ瞳を」
 瞬間息を呑んだ。
 誰かと勘違いしているこの老人に、一瞬でも自分の過去を垣間見られたような気がした。
 その後もたわいない話を続けながらも、次々と仕掛を解き遺跡の最深部へと歩みを進めた。

 

「…うーん…」
「先生、患者が」
 鈍い痛みを伝える頭を無理矢理働かせれば、白い天井が視界に映った。
 ここは…何処だ?
 先生、と呼ばれた人間が目の前に指を差し出す。出された指の本数を告げれば、大丈夫そうだなとの言葉が返ってきた。
「君達は砂漠の真ん中に倒れていたのだよ」
 どうやらH・A・N・Tと呼ばれる端末から発せられる生命反応を受信して、助けられたらしい。ああ、そうだ…遺跡の化け物を退治して、出た所でレリック・ドーンとかっていう変な奴らに待ち伏せされて…。段々意識がはっきりしてきた。
 相手の隙をついて逃げ出した事、その後砂漠で行き倒れた事。どうやらサラーも無事らしい。ほっと胸をなで下ろした途端、H・A・N・Tから機械的な音が響いた。メール…か?送られてきたばかりのメールに目を落とすと、そこには新しい任務が書かれていた。この、九龍って奴も大変だな…次から次へと。
「新しい任務かね」
「みたいですねぇ」
「先生こちらにも書類が届きました」
「うむ、それじゃ必要事項に記入してくれ」
 無造作に手渡される紙切れ。………ちょっと、待ってくれ。
 これは九龍という奴に送信された任務だろ?
「ちょっと待て、俺はこの機械を拾っただけであって…この、任務とかっていうのは本人が行くべきだろ!?」
「いかなる時でも素性を明かさないのがプロというもの」
 何処かで聞いたような覚えがある台詞を吐く目の前の巨体。
 渡された紙に恐る恐る目を通せば、転校手続き書。
 ……冗談…だろ…?
 俺今年で24になるんだよ…?教師としてならまだしも……学生なんて絶対無理だって。その前に誰か俺の言葉を信じろよ!

 飛行機は優雅に空をかけ、日本への空路を辿る。
 人違いだ、と連呼する俺の言葉は素敵に無視され。
「なぁ、本当に誰か信じてくれよ!」

 再び足を踏み入れる。
 因縁の地。

 東京、新宿へ……。

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