「皆守ー愛してるよー」
 遺跡の中だろうが、自室の中だろうが、所構わず連呼するのが習慣になってから、かなりの時間が経った頃、すでに口癖となったその単語を、日課の如く連呼すれば珍しく反応があった。
「九龍お前なぁ…いい加減にしろよ」
 気怠そうに頭を掻く皆守。もしかしなくても裏目に出てます?
 だが、これしきの事で挫ける俺ではない。
「自分の気持ちを正直に表すのは体にいいぞ」
 俺が言えばため息混じりに、お前は表しすぎだ、と答えが返ってくる。そんな嫌そうに言わなくてもいいじゃないか、と思ったが口には出さずにおいた。手慣れた動作でアロマに火を灯す皆守。一連の仕草が妙に様になっていて、なんとなく目を反らす。
 あの気怠そうな仕草が色っぽいと思ってしまう俺はすでに末期なんだろうか。
 決して広くない部屋の中にラベンダーの香りが充満していく。この香りが心地良いと感じ始めたのはいつ頃からだったか。
 土と硝煙の匂いで更に濃い匂いを打ち消す俺とは正反対の香り。
「ちょっとそれ吸わせてよ」
 手を伸ばしてみれば嫌そうな顔をされた。
「あ、オイ!」
 貸してくれないお前が悪いとばかりに、皆守の手からアロマを奪う。普段皆守がやっているように口に当て軽く吸い込めば、脳髄がぐらりと揺れた。
「大丈夫か?」
 俺の手からアロマを取り戻し、何事も無いような顔で吸い込む皆守。慣れってもんなのか…?煙草を吸い続けるといつしか噎せなくなるように、アロマも吸い続けていれば慣れるって?
「お前良くこんなん吸ってられるなぁ…」
 微妙に気分が悪いのは気のせいではないだろう。
 あぁまだ頭がぐらぐらする。
「お前がお子様なんだろ」
「あ、そういう事言う?」
 見下した様な目つきでこちらを見る皆守に、一発お見舞いしてやろうと思い殴りかかってみるが、平衡感覚が戻っていないせいであいつの膝に倒れ込む形となってしまった。
「お、おい…九龍……本当に大丈夫か…?」
 頭上で皆守が慌てている気配がする。
 起きあがりたくても起きあがれない俺は、開き直ってそのまま皆守の太股に額をくっつける。予想外の行動だったのか、更に慌てるような気配。ああ、もう…お前はアロマじゃなくて俺の事だけ考えてれば良いんだよ。
 結果的には皆守の気を引けたので、これはこれで良しとしよう。
「皆守ぃ………」
「なんだ?」
「愛してるよぉ…」
 言った途端に頭に鈍い衝撃が来た。絶対今アロマパイプで殴った。
「……言霊って知ってるか?」
「あァ?」
 無理矢理顔を上げれば、皆守が怪訝そうな顔をしていた。そんなあいつを見ながら、俺は体を反転させ、俗に言う膝枕の格好になる。
「古代の日本じゃ、言葉には不思議な力が宿ってるって信じられてたんだぜ」
 だったらなんだ、とばかりにアロマを吸い込む皆守。
 きっとお前は未だ気付いてない。
「言葉に込められた呪力」
「迷信だろ」
「迷信かもしれないし、真実かもしれない」
 届くかもしれないし、届かないかもしれない。
 完全に否定出来るだけの確証をお前は持っているのか?
「皆守」
「なんだよ」
 口に吸い込まれそうなアロマパイプを奪い取り、もう一度吸い込めばやはり視界が歪むような感覚に襲われる。
「愛してるよ」
 嫌そうな表情で俺の手からアロマパイプを奪い取り、頭を掻く。
 普段から見慣れている一連の動作に違和感を感じたのは、皆守が俺に向ける視線に普段とは異なる色が混じっていたせいかもしれない。
「今更だろ」
 吐き捨てるように呟いて、またアロマを吸い始める。

 皆守…お前は知ってるか?
 呪力ってのは、自分の知らないところで浸透していくものなんだよ。
 心の中で呟いて、俺は満面の笑みを浮かべた。

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