「なぁ皆守。たまには二人で遺跡に潜ってみようか?」
 毎夜のように繰り広げられる夜遊びに、付き合い始めてからどれくらい経っただろうか。ある日突然九龍がそんな事を言った。今までもさんざん呼び出しはくらっていたが、二人で、と言われてのはこの時が初めてだ。
「心配しないでよ、新しい場所を探索する訳じゃないし」
 今まで探索してきた場所に、何か見落としが無いか確かめたいだけだと。確かに今日のあいつは普段よりも軽装に見える。
「で、どう?」
 再度尋ねてくる九龍相手に上手く断る理由が思い浮かばなかった為、渋々肯定の意を返した。

「それじゃ気軽に行こうかーっと」
 目の前にそびえ立つ扉の鍵をあっさりと解除して、いつもと同じように九龍が先に遺跡の中へと足を踏み入れる。一度通った場所だからと言っても敵は何処から現れるか分かってものではない。なのにあいつと来たら…。緊張感を全く感じさせない足取り。それでいいのか、トレジャーハンター?
「あーここの仕掛には苦労させられたよねぇ」
 初めて入った時に解いた仕掛を、懐かしそうに見つめながら九龍は言葉を紡いでいく。
「おい、そんなにのんびり構えてて良いのかよ」
「んー?なんで?」
「なんでってお前…」
 自分ばかりが心配をしているようで、どうも癪に障る。
 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、任せておいてよ。と軽口を叩く目の前の男。今にスキップでもし始めるのではないか、という程の軽い足取りで先を歩いて行く九龍。不意にカチリ、と何かの作動するような音が聞こえた。
「あ」
 あ、ってなんだ。
「ごめ、皆守。罠作動させちゃったから走ってー」
 …何だって?
「ほら、ぼさっと突っ立ってないで。死にたくないでしょ」
 俺の聞き間違いでなければ、今こいつは罠を作動させた、と言わなかったか?以前来た時には罠なんて無かったぞ…。
「皆守、早く!」
 九龍の声に促されるように暗い遺跡の中を走り出す。ちッ、なんだってこんな所で全力疾走しなきゃならねーんだよ。
 罠が張り巡らされた部屋を抜け、狭い通路で息を整える。
「おい九龍…さっきのはどういう意味だ」
「前は気を付けてたんだけどね。いや、ごめん、本当に」
 お前は俺を殺したいのか?
 今度は気を付けるからさ、と反省の色が垣間見れない声で返事をされても…な。
 ため息をつく暇もなく、今度は化人達が襲いかかってくる。普段よりもハードに感じるのは二人だからだろうか?それともあいつの緊張感が足りないからだろうか?
「皆守は危ないから下がっててね」
 言うなり化人達に突っ込んでいく九龍。おいおい、何やってるんだよ!普段使ってる銃はどうした!銃は!?
 俺の思いとは裏腹に、手に持った短剣で次々と化人をなぎ倒していく。まるで演舞を見ているような錯覚すら覚える戦い方。優雅、と言えば語弊があるかもしれない。
 だが…こんな九龍は…。
 目の前で最後の一体が崩れ落ちてゆく。九龍の持つ端末から安全領域を確保しました。と機械的な女の声が響いた。
 今日のこいつは…何か、変だ。
「どうした?」
「あ……いや、なんでもねーよ」
「もしかして……俺に惚れた?」
 思いっきり、あいつの頭を小突いてやった。

 魂の井戸と呼ばれる不思議な空間で何か色々作業をするあいつを横目に、アロマに火を付ける。見慣れた紫煙を吐き出せば、心の内に平穏が戻ってくる。
「あれ、皆守お疲れモード?」
 誰のせいだと思ってるんだよ。未だ作業を続ける九龍の背に適当な答えを返しながら、慣れた香りを肺の内に吸い込めば、今更ながら振り回されている自分に苦笑が漏れた。こんな事になると知っていれば、なんとか理由を付けて断ったものを。
「なぁ皆守」
 今度は何だと言うのだ。
「俺時々思うんだけどさ」
 ようやく作業が終わったのか、俺の隣に寄りかかり虚空に視線を彷徨わせながら九龍が呟く。
「化人…って呼ばれてるあの敵を見てるとさ…あるフレーズを思い出すんだよね」
 九龍は時々突拍子も無い事を言う事がある。どうせ今回のもそれだろう、と適当に流すハズだったのに。あいつが…九龍が、普段余り見せる事の無い真剣な表情で言葉を紡ぐから。
「予言者エレミアって、奴の言葉なんだけどさ」
 一呼吸置いて、目を閉じて。何かに思いを馳せるように小さな声で。

「人が自分の為に神々を作ることができようか。そんなものは神ではなかったのだ」

 まるで……。
「考えた事はないか?あいつらも元は人だったのでは、と。思った事はないか?あいつらもまた遺跡の被害者なのでは、と……」
「………九龍…」
「………なーんてな!どうどう?俺の演技。騙されただろ?それとも俺の博識っぷりに感心して言葉もない?」
 無言で、あいつの頭をど突いてやった。
 痛いと騒ぎながらも、探索は終わったのか来た道を戻っていく九龍。
 全く、最悪な夜だった。これだから、転校生という奴には関わり合いたくないのだ。
「なぁ皆守」
「なんだよ…」
 俺はもう疲れ果てたんだ。帰り道くらいそっとしておいてくれ。
「俺の事、もっと知ってよ」
 意味深な笑顔で俺の顔を覗き込んでくる九龍の頭を、手に持ったアロマパイプで軽く叩けば大げさに痛いと喚く。
 なぁ、九龍。 お前の事を一番側で見ているのは誰だと思ってる?
「暴力反対!」
 未だ喚き続けるあいつを後目に、俺は地上へと続くロープを上った。
 夜独特の冷えた空気が肺を満たす。
「また二人で潜ろうな」
 どこか楽しげに言う九龍に、気が向いたらな。と声を残し自室へと続く道を辿る。俺の貴重な睡眠時間が今日も失われた。
 何気なく墓地の方を振り返れば、見送りのつもりなのかこちらに向かって手を振る九龍の姿。全くもってあいつの考えてる事は分からない。理解したいとも思わないが。とわざわざ付け足すように考えれば、不意に、一つの言葉が脳裏に浮かんだ。
 思い違い。
 常に一番側であいつを見ているのは俺だ。だが…それは本当の姿なのだろうか?普段は使わぬ剣で戦う彼。時折見せる能面のような表情。その何もかも、普段見る葉佩九龍という人間からは想像出来ない。
 どちらが、本物の葉佩九龍なのだろうか?
「らしくねぇな」
 別にどちらだって構わない。所詮俺には関係のない事だ。
 慣れた手付きでアロマに火を付ける。

 燻る紫煙が、全てをうやむやにしてくれる気がした。

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